|
考えた挙句出た結論は、銭湯で見かける、富士山等のペンキ画である。あのペンキ画が自宅の風呂場の壁いっぱいに描かれていたら、これは贅沢に違いない。しかし、あのペンキ画は何年かで描き直しをしなくてはならないのを知っている。それよりもどこにペンキ画を発注したらいいのか、分からない。銭湯のペンキ画の職人さんを捜し出すことも可能であろうが、果たして家庭の風呂場にペンキ画を描いていただけるかどうか……考えあぐねてしまった。
それならば、そうした絵が描かれているタイルを捜せばいいではないか。それを工務店に相談すると「そうしたタイルもないことはない」と言う。しかし工務店の方は「アクリルの壁を考えていたんですが、一面がタイルとなる、他もタイル張りにしなくてはならないですね」と言う。
「大変ですか?」
「まあ、大変というか……やはり手間とお金がかかりますよ、それより……」
私はその口篭った言葉を察することが出来た。
「何のためにそんなことするんですか?」
そう言いたかったに違いない。私はとくとその理由を説明しようとも思ったが、一笑に伏されそうなのでやめてしまった。
で、結局、私もそれを無理強いすることもなく「普通の壁でいいんですね?」の、工務店さんの言葉にうなずいてしまった。
よって、我が家の風呂はなんの変哲もない、普通の風呂場となってしまった。
そして私はその孤独になれる空間で何をしているかというと、ひたすら本を読んでいるのである。湯船に浸かりながら、両手を外に出し文庫本を読んでいる。疲れて時折、目をアクリルの壁に向ける。そして思うのである。
「やっぱり、富士山が欲しかったな〜」と……。
文/なぎら健壱
イラスト/花岡道子
|