私は昭和一ケタ生まれで今年七十歳を過ぎた。考えて見りゃもういいじいさんだ。
私らが下町日本橋堀留町界隈に住んでいた頃は自分の家に風呂があるなんて家は先ずなかった。
みんな銭湯へ行ったもんだ。
家の隣に「楽屋湯」って風呂があった。なんでも昔近所に芝居小屋があり、楽屋代わりに役者さんが使ってたって聞いた事がある。なにしろ家の隣だから気安く通った。そう、金なんざ払った事はない。番頭さんが気安い人で、裏口から入って、厚さ三寸もある檜の板が湯舟の上に並んでいる焚き口のそばで一緒にメシを喰った事も憶えている。娘と云わず年増と云わず女の裸なんざ見飽きるほど見てる当時、何とも思わなかったね。もっとも子供だったからなぁ。
そういえばあの頃、朝湯なんてのもあって六時頃行くと、カランの所に近所のじじいがガンバっていて、熱いもんでうめようとすると
「馬鹿野郎!こんなぬるい湯にへえれねえでどうする。いい若いもんが何でえ、歯をくいしばってへえれ!」
なんて、威張ってたもんだ。あんなじじいはやっぱり脳溢血かなんかで死んじゃったのかなぁ。最近見られねえ。 |