毎晩、不可解な事件や悲惨な事故のニュースを伝えていると、番組が終わってもその重い空気を引きづってしまうことも多くい。そんな時、私は、首都高を飛ばして「ある場所」へと向かうことにしている。そこは、都内某所にある昔ながらの銭湯だ。といっても毎晩というわけではない。ストレスが限界に達する直前、バケツからあふれてしまいそうなときに気合を入れなおしにいくという感じだ。すっかり顔なじみになったおばあちゃんが、いつもの通り番台で迎えてくれる。深夜の時間だからお客さんも数人ほど。そしてほとんどがいつものメンバーというところも私をほっとさせる。東京の銭湯は、とにかくお湯が熱い。それでも大きな湯船に我慢して入っていると、頭のてっぺんから、体の中にたまった悪いものがすーっと抜けていく。気分的にそう感じるというだけではなくて、本当にすこんと抜けて無くなっていく。声を掛け合うわけではない見知らぬ常連さんたちも、きっとこの時間しか風呂にはいれない事情があるのだろう。顔がそっくりで姉妹と思しきオバちゃん二人連れは、仲居の仕事をしているらしい。お風呂の中でも、仲良くおしゃべりを続けている。この前は、600円もする石鹸があるという話題で盛り上がっていた。80歳近いおばあさんは、その年月を感じさせないほど綺麗な肌をしている。いろんなことがあったに違いない、それでも逞しく生き抜いてきた先輩の人生を思いながらなんだか不思議と温かい気持ちに包まれていく。そうして熱い湯にのぼせそうになりながら、私は少しづつ回復していく。
夜風が気持ちいい脱衣場で、ビン入りのコーヒー牛乳を飲む頃には、さっきまでのストレスのことなどすっかり忘れ去っている。そして、元気に「おやすみなさい」と挨拶できる自分に戻っている。手には、番台のおばあちゃんがくれた自家製の大福もちを持って・・・。
草野満代/文
花岡道子/イラスト