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湯煙コラム

Vol. 38 室井佑月

室井家のONとOFF

室井佑月(むろい ゆづき)

1970年青森生まれ。ミス栃木、モデル、女優、レースクイーン、銀座のクラブホステスなどの職業を経た後、97年に「小説新潮」5月号の「読者による『性の小説』」に入選。以後、「小説現代」「小説すばる」などに作品を発表し、98年に『熱帯植物園』(新潮社)を上梓した。さらに同年『血い花(あかいはな)』(集英社)を発表。99年9月には『piss』を講談社より刊行した。「朝日新聞」でお悩み相談の連載を開始するなどエッセイでも好評を博す。
最近では活動の幅を広げて、若い女性の代弁者、恋愛の教祖、そしてお母さん、という立場からテレビ・ラジオでコメンテーター、シンポジウムでパネリストとして活躍中。
 
風呂はかなり好きなほうだと思う。
月に二回は確実に都内の温泉施設へ、年に五回は他県の温泉にも足を伸ばす。考えてみれば、たまに取れる休暇には、かならず大きな風呂にいっているかもしれない。
なぜだろう? 普段は激務に明け暮れて、風呂になぞゆっくり浸かっている暇はないからだろうか。たぶん、そうだ。
室井家の一日は「早く!」というかけ声ではじまり、「早く!」というかけ声で終わる。あたしは唯一の家族である小学一年生の息子に、一日何回「早く!」という号令をかけているだろう。多すぎて、予測もつかない。
それもそのはず。仕事をして、洗濯をして、ご飯を作って……。それらをすべてこなすと、すぐ寝る時間だ。
風呂になんか長く入っている暇はない。「早く!」というかけ声をかけながら息子と自分の頭と身体を洗い、やたらと早口で百まで数えて湯船から飛び出る。
一昨年、念願叶って自分の家を持つことができ、その時、風呂にはかなり金をかけたというのに。全部、リフォーム。円形の大きな湯船に代え、壁にはテレビまで付けた。
それはもちろん、大好きな風呂にゆっくりと浸かるためであったが、実際には自宅の風呂でゆっくりしたことはない。
忙しい時など、汚いと思われる部分だけ洗えばいいか、という感じだ。
だからこそ、温泉施設へいったら、できるだけだらだら過ごしたいのかも。
酒を飲んで風呂に入って、酒を飲んでまた風呂に入って、眠くなったら横になって……。あたしはそういう楽しみ方が好きだ。というか、そういった時間を過ごすため、温泉施設へわざわざ出向く。
そのため、畳敷きで酒が飲めるレストランがない温泉施設へはいかない。畳があると座布団を枕にし、すぐごろんと横になれるからいい。
温泉フレンドでもある息子とは、そういった面でとても気が合う。息子はまだ子供で酒の相手はできないものの、温泉施設にいってだらだらするのが大好きだ。
はしゃいで走り回ったりなぞしない。ゆっくりと風呂に入り、レストランではゆっくりとかき氷を食い、そして食い終わると座布団を枕にし、すぐ横になる。
あたしたち親子はテーブルを挟んで、横になったまま意味のない会話をする。

「ママ、天井、見てごらん」
「見たよ」
「こっちを見てる目があるよ」
「ああ、ほんと。木目の模様が目みたいだ」
「じっと見てる」
「じっと見てる」

ほんとうに意味のない会話だから、話している途中で、どちらかが眠ってしまったりする。身体が冷えてくるとどちらかが「また風呂にいこう」と誘う。で、風呂に入って暖まると「レストランでなんか飲もう」という話になる。
あたしは息子と過ごす、こういったゆったりとした時間が大好きだ。
けれど、悲しいかな、こういった時を過ごせるのは期間限定。東京都の条例によると、九歳までしか一緒に風呂に入れないらしい。
息子は現在、七歳。あと何回、あたしたちは一緒に温泉施設へいけるだろうか。

文/室井佑月(むろいゆづき)

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