結局、その日から一ヶ月もたたないうちに再入院したおやじは、あっけなくこの世を去った。長く苦しまなかったのが、救いだったと思う。葬式の後、ミホと達彦を先に帰し、俺は川越に泊まることにした。
「松寿司、味落ちたね」
「そうお? カズちゃん、美味しいモンばっかり食べてんでしょ」
「そんなことないよ」
「この辺の寿司屋なんて、こんなものよ」
そう言いながら、姉キは、子供の頃と同じように、甘海老を俺の桶に移した。俺も、子供の頃と同じように、姉キの桶にイカを返す。柱時計が七つ鳴った。この家が急に古々しく、そして、信じられないほど大きくなった。いや、姉キが急に老けたのか。目の前に座っているのは、喪服に身を包んだ、疲れた顔の中年女だ。
「どうすんの? これから」
「どうもしないわよ」
「ここで一人で暮らすつもり?」
「悪い? っていうか、もう家売ること考えてんの?」
「そうじゃないけど……結婚とかしない訳?」
「バッカじゃないの?」
心配してやってんのに。頭に来た。だいたい姉キは、いつだって俺を半人前扱いする。本当は、インテリア・デザイナーだかなんだかになりたかったくせに、カズちゃんは東京で就職しなさい、私が父さん母さんと一緒に住むからって、いきなり市役所に仕事見つけちゃって、おふくろが脳硬塞で倒れたときだって、結納間近まで行ってた恋人とさっさと別れちゃって、自分だけが大人で、自分だけが家族思いで、自分だけが犠牲になれば丸く収まるみたいにいっつも振るまって、今回だって、父さんの前で自分ばっかりいい子になってさ……そういうとこが鬱陶しいんだよ、そういうとこがミホとも合わないんだよ。このまんまじゃ、俺がずっと、俺が……俺ばっか勝手なことやってるみたいじゃないか。
「飲むでしょ? やっぱり、ちょっとつけよっか」
「あのさ、おやじにバレてたよ、あれ、お酒じゃないって」
「……当たり前じゃない、父さん全部知ってたんだから」
「全部って? だって、告知しないって俺と相談して……」
「なんにも言わなくても、全部知ってた」
姉キが台所に立っても、動けなかった。姉キの前では、いつまでたっても頼りない中坊だ。何もできない。鍋に水を入れる音、チチチチッとガス台に火をつける音、そして、押し殺した姉キの泣き声を、俺はただ黙って聞いていた。